妥協せずに踊り進んでいく【菅原小春】がブルーノート東京ソロ公演で見せた「問いかけ」
2022.09.14 DANCE
菅原小春は、繋がる。
「3年前、高知のよさこい祭りに参加する機会があって……、衝撃だったんです。パレードに参加させてもらって、3日間踊り続ける。普段はお豆腐屋さんや学校の先生をやっている人たちが、上手いとか下手とか、ダンサーだとかダンサーじゃないとか、カッコいいとか恥ずかしいとか、そういうことに全く関係なく踊り続ける。何百人が3日間踊り狂う。その姿をパレードの真ん中から見た時に、私なぜだか涙が出てしまったんです」
ダンスの起源、日本の踊りや祭りの意味とは「繋がり」だ。
人々が歌や踊りで繋がる。1つになる。愛と感謝の感情が自然に湧き上がる。新しい世界と、精神的な世界と、上の世界と、大きな導きと、神と、繋がる。
「よさこいは鳴子を持っていれば、何を踊ってもいい。普段ダンスを練習してない人のダンスって本当に尊いと思うんです。基礎とか鏡の前でとか、コンテストとかスタイルとか、いろんな概念から解き放たれた、本来のダンスの在り方を教えてくれる。3日間踊り切るためにエネルギーを回し続けて、限界を超えたところにある精神との出会いがある。体力でも技術でもない何かで踊ること。最終的にみんなが愛と魂だけになってしまうような……そんな空間がよさこいにはありました」
それを機に菅原は高知県への移住を決意する。そして幼い頃に地元の九十九里で触れ合ってきた自然と再会した。
海、山、川、神社、そしてお祭り。よさこいにも参加し続けた。
「川とか山、知らなかった自然に触れ合えて、住む場所によって自分が変化できるのが好きなんです。ずっと海外を回ってきたけど、日本にはまだ知らない場所や自然、知らない踊りやお祭りがある。人々が踊ってきた場所はまだまだたくさんある。そういうことを子供たちに伝えるためには、自分が行動して、体験して、繋がって、感じることが何より大事なんです。まだまだ私にも経験が足りてない。もっといろんな場所やお祭りで踊りたいですね」
コロナ禍で高知に移住して3年、すでに次の移住先を探しているところだという。
さまざまな経験や偶然が、まるでパズルの答え合わせのように目の前に差し出され、やがて彼女を行くべき場所へと導いていくのだろう。
「転々としているのが性に合っているみたいです。海外でもそうしていたから。ベースは千葉の実家にあって、仕事は東京。そして今、新しい場所と出会いを求めているところです。答えなんて見つからないものだから、一生探し続けるのでしょう。その旅の途中にお祭りがあった。そこで得た経験や心があるのとないのでは、今回のようなソロ公演のステージに立つ意味が変わってくると思うんです。伝えられるエネルギーの量が違う。言葉じゃないところで出るものが違う。だから、もっともっと旅を続けていきたい」
菅原小春は、晒す。
「千と千尋の神隠しの舞台を半年やって、素晴らしいスタッフに恵まれて、やっぱり私は踊り続けてなきゃおかしくなっちゃうんだ、って再確認したんです。踊ってなきゃダメ、というより“ただ踊る”っていう状態が必要。舞台が終わってすぐにブルーノートに電話して“やりたいんです”とお願いしました」
6年前のソロ公演「SUGAR WATER」は、寺田倉庫という無機質な場所を色付けするような手法で、菅原とミュージシャンたちの即興的な戦いが繰り広げられた。今回の公演は、ブルーノートという、色も格式も形(カタ)も確立された場所だ。
「だからやりたかったんです。形があるという意味では、海も山もジャズクラブも一緒。決まった形に自分がどうハマっていくかに興味があった。ブルーノートは格式や歴史があって、素敵で神聖な場所です。そして、東京はカッコ良くて、クレイジーで、そしてサイテーな場所。そこでまず、最高級なものを作って始めることに意味があったんです」
2022年9月2日、ブルーノート東京としてはレアなダンサー名義の公演。
生演奏は、菅原お気に入りのチーナの5人、実姉であるシンガーソングライターのタテジマヨーコ、ストーリーテラーに俳優の黒田大輔、ダンサーには盟友とも言える女性3人、ゲストにはよさこいの國友裕一郎、そして恩師の辻本知彦。
これまでの彼女を支え、まさにファミリーとも言える仲間たちが集結した。
「今回の公演で、人を演出することって楽しいなって思ったんです。以前は自分しか見ていなかった。でも今は視野が広がって、自分がいてみんながいる、みんながいて自分がいるっていう感覚。1人じゃ何もできない。そういう関係性が楽しいなって思っています。……もしかしたら、愛が深まっているんでしょうかね(笑)」
“SUGAR WATER” @ Blue Note Tokyo
〜夏のおわりにぴったり爆走うさぎエンターテイメント〜
STORY 海のように広大なマフス川のほとり、すこし変わり者の黒いうさぎザーレが他の生き物と同様にお父さんうさぎ、お母さんうさぎ、お姉さんうさぎと自然の中で暮らしている。ザーレは一人ダンスに熱中するほど踊り好きの黒うさぎ。自分は踊りの天才と信じている。踊ることしかできないザーレに困りはてたお母さんうさぎと共に夢を探す旅にでるが・・・
ザーレを演じるのは菅原小春。ステージに立つだけでやはり圧倒的な存在感だ。生音にも負けてない。
そして何をし出すかわからない。いつ踊り出すのか、どんな踊りなのか、あるいは踊らないのかも……。
音楽、演技、ナレーション、ダンスが即興的に絡み合い、ステージは冒頭から全く予想のできない展開で進んでいく。
そのムードはハッピーでファニー、チャーミングでチャイルディッシュ。まさに今の菅原を表す世界観で、かつての公演でもがき苦しんでいた姿はもうそこにない。
気まぐれで、偶発的で、即興的で、まるで子供の悪戯のような掛け合いがブルーノートのステージで繰り広げられる。
まるっきり形(カタ)にハマらないこのステージがエンターテイメントなのかどうかは、お客さんの満面の笑みが証明しているだろう。この夜のブルーノートは、夏祭りの櫓に上がった彼女の無邪気な“お祭り騒ぎ”を、微笑ましく楽しんでいる様にも見える。
菅原小春のブルーノート公演は、いい意味で“ちゃんとしてない”
——が、果たしてちゃんとする必要があるのだろうか。
「“ちゃんとする”って何? その概念にみんな疲れているんじゃないの?」
まるでそう問いかけるように、ステージ上のお祭りの演目は次々に表情を変えて進み、突如クライマックスが訪れた。
タテジマヨーコの情熱的な弾き語りが始まると、菅原はステージ中央で忽然と立ちすくむ。
薄暗い照明の中、アンダーウェア姿で、中途半端な立ち姿で。
惚けるわけでもなく、憤るわけでもなく、ただ立ちすくみ、己の肉体を晒す。
晒す。
彼女の生命エネルギーを、晒す。晒し続ける。
——どのぐらい時間が経っただろう。
インタビューでの彼女の最後の言葉がぼんやりと浮かんできた。
「私が私で、とにかく全力で前に進んでいくことで、絶対に良い世の中になる。それだけの気持ちで前に進んでいくこと。妥協せずに“踊り進んでいく”ことなんだと思います」
この時間で、彼女が表現したいものは一体何だったのだろう?
そして観客が感じ、持ち帰ったものは——。
「芸術表現とは問いかけだ」という言葉がある。
明確な答えはなく、それに触れたものが何かを感じることに意味がある。
真の芸術は、額縁に収まるものではなく、はみ出していく生命エネルギーの塊であり、触れた者の感性を震わせる、問いかけだ。
そして菅原小春は、問いかける——。
インタビュー&テキスト:石原ヒサヨシ(ダンスク!)
撮影:佐藤 拓央
衣装協力:GUCCI