ダンス部員の未来のカタチ(前編)〜ダンス部の経験をSTEPにして夢の職業をつかめ!

2021.09.01 HIGH SCHOOL

 

高校ダンス部員のみんなが気になる進学進路。
コロナで先行きが見えにいくからこそ、真剣に自分の仕事について考えてみたいそして、みんなのダンス部での活動は必ず、将来に繋がってくる。
今回の特集では、「ダンス部のアレがあったから…」と進路を切り開いた先輩たち7人に、「未来のカタチ」を伺ってみた!

まずは前半の5人から!

インタビュー&文:石原ヒサヨシ(ダンスク!)

 

樟蔭高校>>>
気象予報士・防災士

みやけ惇子さん

 

天気の仕事が私の天職だったんです!

ダンスとは表現。人に何かを伝えること。
その表現の方法を探し続け、ダンスから天気予報の道へと辿り着いたのが、気象予報士のみやけ惇子さんだ。

「天気予報の時間って約3分なんです。ちょうどダンスの作品の時間と同じぐらいですよね。その中で、伝えるべきことを押さえながら、見ている人を楽しませるような工夫が必要になります。気象予報士はキャスターとして喋るだけではなく、原稿を作ったり、構成を考えてスタッフさんに伝えたり、表も裏もやる仕事なんですよね!」

そうキャスターらしい口調でハキハキと話すみやけさんは大阪の強豪ダンス部、樟蔭高校の出身。
今ではストリートダンス系の大会で常連だが、みやけさんが所属していた頃は、モダン、ジャズ、バレエを主体としたスタイルで、創作ダンス系の大会で活動していたという。

樟蔭ダンス部の練習を取材すると、部員たちが自主的にキビキビ動く姿がいつも印象的だが、みやけさんもダンス部を通じて「考えて動くこと」を学んだという。
人やチームが望んでいることを素早く察知して、即座に行動や言動に移す。その能力は、気象予報士の仕事でも活かされている。

視聴者が望んでいることを察知し、それをスタッフに相談し、問題や課題を共有する。すると、1つのことを全員で作っているムードが生まれ、自然とチームワークが作られていくのだ。

「ダンスをやっている時も〝この曲は熱いのか、寒いのか〞とか、自然にたとえるとどんな感じ?とか、自分の体感をイメージするようにしていました。ダンスや音楽を天気に例えていたんですね(笑)。でもそういうイメージをチームで共有すると、ダンスも変わってくる気がするんです」

卒業後はダンスだけでなく、作詞や作曲にも取り組み、大学では情報学を学んだ。
次第に興味は、伝えること、メディアでの仕事へと向かっていったという。
幼い頃は奈良の田舎で育ち、一日中空を眺めていたという彼女の世界は、やがて表現に目覚め、ダンスや音楽に親しみ、「天気を伝えること」に広がっていったのだ。

「気象庁から出ているその日の天気予報を、どんな言葉で伝えるか。どんな風が吹いて、どんな体感があるのかを、私なりの表現で皆さんに伝えたいと思っています。例えば、5月ぐらいの清々しい風のことを「薫風(くんぷう)」と言ったり、風の伝え方でもいろいろあるんですよね。〝人の気持ち良いところに入る〞、その見極めはダンス部時代に培ったものだと思います」

また、ダンスでも仕事でも常に「自分を客観視する」ことを大事にしているというみやけさん。
放送前は最新の情報を確認し、原稿を何度も練り直し、準備する。自分が解説した放送を見るのは苦手ながらも、しっかり見直して次の放送に活かす。
そのように客観視することによって、ダンスの場合「思ったよりも大きく動けてない自分」を発見し、放送の場合「思ったよりも大事なことを強調できていない自分」を発見するのだという。

「ダンスから音楽、そして天気予報へ。表現の方法は変わっていっても、喜んでくれる人がいて、自分でも良い仕事についたなぁと思います。天気の仕事が私の天職だったんです!」

 


▲爽やかな笑顔と表現力で老若男女に親しまれる「お天気お姉さん」


▲樟蔭高校時代、全日本高校・大学ダンスフェスティバル出場の際。長身を活かしてセンターで踊ることが多かった。

プロフィール●奈良県出身、樟蔭中学・高校でダンス部に所属し、全日本高校・大学ダンスフェスティバル(神戸)などで活躍する。大学卒業後は、ダンス・音楽・舞台関係の仕事を経て、日本気象協会に所属。2010年に気象予報士の資格を取得し、NHKを中心にさまざまな番組で気象キャスターを担当する。最近では、天気×知育の玩具を「いろどりくらうど」にて製作、「天気カード」を年内に販売予定。

 

 

大阪府立久米田高校>>>
美容部員

森胡桃さん

 

 

大阪府立久米田高校>>>
保育士

中保美波さん

 

 

就職面接ではダンス部の経験を話しました。
今まで一番がんばったことですから!

全国大会の常連である大阪府立久米田高校。強いフィジカルと気迫で常にインパクトのあるパフォーマンスを見せてくれるダンス部だ。
その快進撃のきっかけとなったのが、2015年の第3回DCCでの優勝。
まだ同校がダンススタジアムで全国大会に連続出場するようになる前のこと、ピンクと黄緑の派手な衣装とメイクで髪を振り乱してシンクロするチームダンスは、今でも鮮烈な印象を残している。
その時の優勝メンバーは現在、社会人としてさまざまな職種についた。ビューティーアドバイザー(美容部員)を務める森胡桃さん、保育士の中保美波さんは当時をこう振り返る。

「あの時は踊りながら絶対優勝できるってわかりました。なぜそういう気持ちになったかわからないんですけど、あの時なぜかそう思えたんです(美波)」

「優勝した時も嬉しかったですけど、遠征に行った時のことが思い出深くて、今でもみんなで集まって話題になります。練習はキツかったけど、あの時にしかできない充実感がありました。今でも戻れるならば戻りたいぐらいですね!(胡桃)」

胡桃さんは高校時代からメイクに興味があり、ダンス部でもメイク係を担当。優勝した作品のインパクトに一役を買った。
子供好きの美波さんは、ダンス部時代に小学生に教える機会があり、保育に興味を持ち始めたという。その機会を作ったのは、久米田高校ダンス部(くめだんす)を熱い情熱で支え続ける顧問の八木先生だ。

「胡桃はやんちゃなタイプで、発想力や提案力、まわりを巻き込んでいく力がありました。だからあの顔半分が白塗りのメイクを実現できたんだと思います。美波には、子供達を受け入れるような柔らかさがありましたが、自分で限界を決めているところがあったので、公開講座で責任者を任せました。自分たちの振り付けをたくさんの小学生が踊ってくれるのはすごい感動と経験になったと思いますよ(八木)」

久米田高校では、大会やイベント以外に地域との交流で踊る機会をたくさん設けている。その中で考えなくてはいけないのが、見る人が何を求めているかを察する力と各自の役割分担だ。
振り付けを作ることはもちろん、チケットやポスターに関わる仕事、ホールや音響・照明の方との折衝、学校や保護者との交渉、集客などなど。それらはすべて将来の仕事の擬似体験となり、成功しても失敗しても結果に向き合うという大きな経験となる。

「管理が得意だった部員がいまマネジメント事務所に就職していたり、イベント作りを楽しんでいた部員がブライダル系の仕事についたり、熱中症対策を一生懸命やっていた部員が看護系に進んでいたり、ダンス部時代の何らかの役割と経験が将来に活かされていますね(八木)」

老人ホームへの訪問ではダンスを見て涙を流すお年寄りと触れ合うことで、大きな感動が高校生を突き動かし、その後の将来を決めることもあったという。
役割分担にともなう各自の責任感、試行錯誤と実践、向き合うべき結果と学び、ダンスを通じたさまざまな人たちとの交流。それが部活動で経験できるダンス部の教育的効果は本当に高いと言える。

「就職の面接ではダンス部の経験を話しました。私が今まで一番がんばったことですから。特にDCCで優勝したことはアピールになったと思います。ダンス部にいたことが私を助けてくれました。仕事でも目標を決めて頑張る自分の力ができたと思います(胡桃)」

「子供が好きだから保育士になりましたけど、実際はそれだけではやっていけない現実があります。特に保護者の方とのコミュニケーションは重要で、そこはダンス部で仲間とブツかり合った経験が活きていると思います!(美波)」

ダンス部で自分たちの夢を追いかけた力が、その後の将来を突き進む力に繋がる。その伝統こそが〝くめだんす〞の最大の意義なのかもしれない。


▲2人が出場した第3回DCCのスナップ。鮮烈な衣装&メイクとパワフルなダンスで見事優勝!

森胡桃プロフィール●高校卒業後は専門学校へ進み、さまざまな資格を取得。難関の外資系化粧品会社へ就職し、百貨店勤務ののち現在は産休中。美容もダンスも見せ方が大事と語る。
中保美波プロフィール●高校卒業後に保育系の短大へ進み、私立の保育園へ就職、現在3年目。ダンスは保育士にとって大きな武器になると語る。

 

大阪府立箕面高校>>>
メーカー(株)花王

三輪夏美さん

 

チームの和を作るコミュ力とやり抜く力

ダンスの表現の一つに「美しさ」があげられる。その「美しさ」をサポートする企業である(株)花王にも元ダンス部員の活躍があった。
同社のスキンケア事業部でマーケティングを担当する三輪夏美さんは、大阪の強豪・大阪府立箕面高校の出身だ。

「私はダンス部からダンスを始めました。ダンスを始めたかったのと、部が明るい雰囲気で楽しそうだったんです。でも実際に入ってみると練習が大変で、真夏の練習では暑さ対策で塩をなめながら踊っていたのが思い出深いです(笑)」

箕面高校といえば、ポップ&ロックの鉄壁スタイルでスモールクラスの常勝校だが、この頃は創作ダンスとヒップホップを混ぜたスタイルでビッグクラスにも精力的に出場していた。
ダンススタジアム第4回大会(2011年)で準優勝、全日本高等学校チームダンス選手権3位、ミスダンスドリルHIPHOP Largeで3位と好成績を残す。

「ビッグクラスのチームは、スモールの部内オーディションに落ちた部員で結成されていたんですけど、構成やチームワークが良かったのか、おかげさまで良い成績が残せました!」

柔らかな口調で話す三輪さんはチームでも和を作るムードメーカーだった。そしてメイクやヘア、衣装などの係を担当していたという。

「自分の役どころはグイグイ引っ張るというよりも、まわりと調和するタイプでした。大会前のピリピリしている時期や新入部員に対して、和めるように気を遣っていたと思います」

高校卒業後は大学でゼミやサークルに励む。サークルはもちろんダンスサークルだ。

「これ以上できない!ってぐらい好きなダンスに打ち込んでいたので、仕事も好きなことに打ち込みたいと思っていました」

コスメや日用品が好きだった三輪さんは志望企業を花王に絞り、就職活動を開始。「みんなをキレイに見せることが好き」というダンス部の経験を面接で伝えたという。
現在の部署では、マーケティング以外にPRや新商品の開発、売り上げの管理など多岐にわたる。

「仕事で求められる能力は、周りを引っ張っていくためにしっかりと意思を持ち説明することや、お客さんのニーズを察知することですね。チームで1つになって取り組んだ商品が、お店に並び、購入してくれたお客さんの声を聞くのが何よりも嬉しいです」

新商品を作るためには、研究所や工場やデザイナーなど各部署のさまざまな力が必要である。
三輪さんはそこを繋ぎ「和」を作るために日々奔走する。
そう、ダンス部の時と同じ役割を現在もこなしているのだ。

「各部署にお願いする時には〝なんでそれがしたいのか?〞という想いをしっかり伝えることが大事だと思います。相手の不安点や懸念点をしっかり聞き出して、根本的な解決ができるよう寄り添うようにしています」

持ち前のコミュニケーション能力とダンス部で培った「最後までやり抜く力」、それが1つの商品として高校ダンス部の後輩たちのもとにも届けられる。
これも素晴らしいダンス部の循環と言えるだろう

プロフィール●大阪府出身、箕面高校で優秀な成績を上げ、関西大学へ進学。2017年に花王に入社する。趣味はダンス。週1回のワックのレッスンを楽しみに仕事に励んでいるという。ダンス部員に評判のボディシート「ビオレ冷シート」も三輪さんの担当だ。

 

同志社香里中学高校>>>
国際線CA(エアアジアX)

平野優花さん

 

会話じゃなくても繋がるのがダンスの魅力!

スモールクラスが箕面高校ならば、ビッグクラスの常勝校は同志社香里高校。
2度のダンススタジアム3連覇を果たしている大所帯のダンス部だが、1度目の3連覇メンバー最上級生は10人の少人数だったという。

「同期の10人が本当に仲が良くて、役割分担というよりも何でも全員で共有していました。先生との連絡も10人で聞いたり、振り付けも全員でやってましたね」

と語るのは平野優花さん。同志社香里はメンバー全員で振り付けをすることで有名だが、2013年ダンスタ優勝作品ではユニークな振り付けが評価された。

「ダンスもきちんと見せつつ、面白いアイディアが良い形になった作品で、それで3連覇できたことが思い出深いです」

同志社では中学から大学まで最大10年を共にする仲間ができる。さらに同じ部活となれば、家族よりも一緒に過ごす時間が長くなる。
お互いの成長を感じながら、かけがえのない仲間となり、大きな目標を懸命に目指し、卒業しても一生付き合える友人になるという。

「㆒度は中学生の頃にモメるんですよ(笑)。個性的な部員が多くて、いろんなことでモメる。でも顧問の先生の指導で、ダンス部では徹底的に話し合うことにしていました。しっかりわかり合えないと部活動はしないという方針です。私自身も仲間とブツかりましたけど、その中で性格も丸くなったし、相手のことを第一に考えるようになれたと思います」

同志社香里の生徒には自由なタイプが多いが、何より他人を思いやる気持ちが強いという。
それはその後についたCAの仕事もでも存分に活かされている。

「ダンス部では特に〝気づく能力〞が身についたと思います。機内でも、お客さんの要望や様子にいち早く気づくことが大事ですからね」

華やかな国際線CAに憧れるダンス部出身者は多いが、その道はやはり難関で、相応の傾向と対策が必要だという。

「同じCAでも、どの航空会社かによって求められる人材が変わってくるんです。私の入った外資のエアアジアXは、面接で私が踊ったら〝ヒュ〜!〞って盛り上がってくれるような会社だったので、ダンスの経験がすごく役に立ちました!」

今はコロナのため便が稼働しておらず、自宅待機の日々が続いているという。
早く復職して大空へ飛び立ち、さまざまな国の人たちと「繋がる」日々を心待ちにする。

「面接だけでなく、ダンスができたおかげでいろんな人と繋がれました。例えば、海外でも音楽が鳴っているところでちょっと踊ったら〝イエ〜イ!〞って人と繋がれたり。会話がなくても繋がれるのがダンス。私をここまで連れてきてくれたと思います!

プロフィール●大阪府出身、同志社香里高校ではダンススタジアム3連覇を達成。同志社大学に進学し、2019年エアアジアXに就職。マレーシア勤務ののちにコロナのため帰国し、語学力を高めながら復職待機中。

(後編へつづく)



  • ダンス部員がつく職業とは?