ググっと話が展開!オリジナルダンス小説「ブレイキンガール」〜SCENE 3:COMMON先生
2017.04.17 COLUMN
(前回のつづき)
SCENE 3〜COMMON先生
作:石原 久佳
え……?
カナはその理由を聞き返そうとするが、
「ハイ、つぎはぁ〜」という担任の緩い声に合わせて、ネコ娘がスッと立ち上がる。
(わ、大きい!)
カナの横を通り抜けて教壇へ向かう彼女の後ろ姿は、背筋が気持ちよく通っていて、背中や肩のラインがマネキンのようにキレイで、歩き方も大股で颯爽としていた。
そして教壇の前に立つと、落ち着いた様子で教室を見渡し、ひと呼吸を置いて話し出した。
「ユーリです。カワムラユーリ。○×中学出身です。部活は、特に考えていません」
芯の通ったよく通る声と、自信と余裕に溢れた佇まいに、たぶんクラス中の男子も女子もハッと息をのんだはずだ。
「ヒュ〜」と、ヤンキー男が軽く口を鳴らす。
まったく動じずにそれを一瞥する彼女。
教室の中に一瞬の緊張感が走った。
何より目を奪うのは彼女の日本人離れした見た目だ。
ネコのように大きくてややつり上がった瞳が目立つ理由は、そう、顔が小さいからだ。たぶん自分の手のひらに入っちゃうほど。すらっとした首にちょこんと乗っている感じ。セミロングの髪は自然にウェーブしていて、前髪を地味なヘアピンで留めている。茶色?というかちょっと緑がかった、アッシュだっけ? それ系の外人みたいな髪色。
あれ、ヘアカラーって校則的にダメなんじゃなかったっけ?と思いながらも、意図的な装飾と感じさせない彼女のナチュラルな美しさの前には、そんなツッコミもナンセンスな気がしてくる。
こんな感じの子が、決して似合うとは言えない都立高校のブレザー制服を着て、古びた教室の中で自己紹介をしている、そのなんともいえない違和感にクラス中が飲み込まれていた。
挨拶が終わり、教壇からこちらへ向かって歩いてくる時、今度は正面から彼女の全身を見る。
うわっ、細い。でもそれほど大きくはなかった。背丈はカナと変わらないだろうけど、顔が小さくて、色白で、細くて、たぶん姿勢が良いから、背が高く見えるんだろう。
いいなぁ。かわいい。モデルとかやってるコなのかな……。
彼女が教壇に残した非現実的なオーラに、なんとも言えないエアポケットが生じてしまった自己紹介の流れを、担任のキツネ男が現実的に引き戻す。
「ほぉ……。はい、じゃ次ね」
ユーリが後ろの席に戻ると、カナは今まで感じなかった温度をジンワリ背中に感じて、思わず自分も背筋が伸びてしまう。
っていうか、さっきの髪の話……? なんでショートが失敗なの?
終わったら話しかけてみようかな。でも、冷たくされたらどうしよう。さっきの一言も、自己紹介も、なんか冷たい感じだし。
でも、きっと、あの子は私の背中を見ていたんだ。ちょっと髪を短くしすぎて現れたうなじも。カナは今度は首筋にムズムズした視線を感じながら、ほとんど上の空でクラスメイトたちの自己紹介を聞き流していた。
「えぇ……、ムロタヒロシです。あー、やっぱぁ、アニメとかゲームはやるんですが、高校ではそれやりつつも、なんか……なんとか、したいなぁって」
あぁ、さっきの眼鏡オタク男子。きもっ。
「うーす。ヤノタケルです。中学では野球やってたけど、高校では楽しくしたいなぁって。ま、パリピー?みたいな。アハハ(笑)」
マジ?さっきニヤニヤしていたヤンキーっぽい男子。なんで? この学校、結構偏差値高いはずなんだけど……。
「ヤマシタカオルです。ずっと剣道やってたんで……、高校でもやろうと思ってます」
ショートボブの女子がうつむきがちに話す。でもなんか、意志の強そうなきりっとした目。厚めの前髪に隠れた化粧っけのない顔は、よく見ると整ってる。透明感があって嘘のない感じ。旧姓が一緒だし、あの子ならきっと仲良くなれるかも!?
そして全員の自己紹介が終わると、最後にキツネ男が教壇に立つ。
「はい。みなさんご苦労さん。ちなみにワタシ、今年から剣道部の顧問だから。あとダンス部も兼任」
キツネ男が先ほどのヤマシタさんと、たぶん私に視線を投げながら話す。
(えっ……?!マジ?)
一瞬ドキンとカナの胸が鳴った。
「というところで、ちょうど11時半だね。ご協力ありがとう。では明日から……来てね、学校。おつかれさまー」
なんちゅう締めの挨拶……。ホント、大丈夫だろうか、この担任。っていうか、ダンス部も!
クラスメイトたちはわらわらと席を立ち、前後の生徒に遠慮がちに話しかけたり、そそくさと荷物をまとめていたり、カバンからスマホを取り出していじり出すコもいる。
(スマホOKなんだぁ、この学校。意外にゆるいな。髪型とかも……ヘアカラーはダメって案内に書いてたはずだけど……、あっ!)
慌てて振り返ると、猫娘の、いやユーリの姿がすでに席にない。
顔が焦りすぎていたのか、その後ろの女子がビックリした顔でこちらを見ている。
すかさず教室を見渡すと、ユーリのウェーブがかった髪と伸びた背筋が教室の扉からスッと消えていくのが見えた。
(なんだよ〜、言いっぱなしかよ!)
追いかけていくのもカッコ悪いし、話しかけるのも勇気がいるし、明日も会うわけだし。ま……いいか。
そう考えながらカナも帰り支度を始めると、教壇の前で先ほどの剣道のヤマシタさんがキツネ男と話しているのが見えた。
(あぁ、たぶん部活のことだ)
ヤマシタさん、なんか思いつめた顔で話を聞いているけど、あの男がまたやる気を削ぐような変なこと言ってるんじゃ……。
でも、これってダンス部のこと聞くタイミングかも。部の様子とか練習とか、そうだ!ケンジ先輩のこととか。ついでにヤマシタさんとも仲良くなったり、一緒に帰れたりするチャンスかも!?
カナが慌てて鞄を持って教壇に近づいていくと、
「そうでしたか……。わかりました」
という声でヤマシタさんが丁寧にお辞儀をし、ひどく残念そうな顔でカナと入れ替わる形でそそくさと教室から出て行った。
(う〜ん、またもやスルー……)
「お〜、ダンス部。カリタカリタ。カリタカナ!ハハハ!」
とビックリするような人懐っこい笑顔と大声で、キツネ男、いや磯崎先生がこちらに手招きしている。
え、何この顔。こんな顔するんだ、この人。ってか、名前で笑い過ぎだし。
目尻にシワなんかできちゃって。……ん?ちょっとカッコいい……?
いやいや、なんでこんな笑顔に変わるの? も、もしや女子高生好き? これって犯罪の始まり? イヤー!こわい!やばい!気持ち悪い!通報通報!
瞬間で勝手な妄想を膨らましたカナが、鞄を胸に抱えて恐る恐る教壇に近づいて行くと、
「なにビビってんの! ダンス部のことだろ? 入りたいって言ってたよなぁ」
「あー、あ、でも、まぁ、ハイ……」
自己紹介の勢いとは違って、かなりの及び腰で返事をするカナ。
「それなぁ。やめたほうがいいよ」
「えっ?」
不意な一言にカナの体が硬直する。
「剣道部もな。入らない方がいい。結論から言うと」
「な、なんでですか?」
ダダダっと教壇に一気に詰め寄るカナ。
「だって、やってないもん。両方とも形が残ってるだけ。だから、俺が顧問引き受けたんだし。ハハハ」
キツネ男が頭をかきながら乾いた笑い声を響かせる。
(え……)棒立ちのまま言葉を失うカナ。
「や、やってないって……?」
キツネ男が眉間にしわを寄せて同情の色を浮かべる。
「あらら、やっぱりショックだった? でもさぁ、なんでダンス部なの? そんな有名だっけ? ウチのダンス部」
嘘だ。そんなはずない。胸が高まるのを感じながらカナはつぶやく。
「いや。だ、だって……ケンジ先輩が」
「ケンジ? だれケンジ?」
「あ〜っと……、クボ。クボ先輩が……」
「ははぁ〜」と上を向いてしばし考える磯崎。
やっぱり知ってるんだろうか。知ってるはずだ。
「あー、クボケンジね! こないだ2年だった。いたなぁ!そんなヤツ。あ、あれ、今いるのかなぁ」
「え、え、いないんですか?」
まさか、ケンジ先輩はこの学校で3年生に進級してるはずだ。
「う〜ん、どうだろうなぁ。オレ去年は3年担当だったから、よくわかんねえけど。でも、ここんとこあまり見かけないヤツだったな。それが、やつが、どうしたの?」
「……い、いや、ケンジ先輩が言ってくれたんです。ダンスやるならウチの高校来いよ!って。ビシビシ鍛えてやっから〜!って。だから私……」
半年前の夏の夜、ケンジ先輩がキザにウインクを浮かべながら言ってくれたあの力強い一言を思い出す。
「ふ〜ん。不思議な話だな。なんであいつが……」
見かけないって? そんなはずない。きっと何かの間違いだ。
「だから私、来たんです。この学校に! ケンジ先輩にダンス教えてもらうために!」
「ダンス部じゃないのに?」
「え……?」
「そもそもダンス部じゃないよ、アイツ」
「え〜〜〜〜、マジ?!……すか? 何それ!!」
教室に響き渡ったカナの特大ボリュームの声。そのあまりのデカさに眼を見開いて驚く担任の表情。しかし、カナの目線にはその表情も、書き出しの鉛筆デッサンのように、白くかすみ、うっすらと意識から遠のいていくのだった……。
〜つづく〜
>SCENE 1:ハルク少年
>SCENE 3:COMMON先生
>SCENE 4:OTO-GAME