美少女ユーリとダンス部へ突撃!オリジナルダンス小説「ブレイキンガール」〜SCENE 4:OTO-GAME

2017.05.01 COLUMN

前回のつづき)
SCENE 4〜OTO-GAME

作:石原 久佳

「お、お、おどろきすぎだろ……。それ」
担任の磯崎先生が呆気に取られた表情で声を出す。

「あ、すいません……」
でも、だってケンジ先輩がこの学校のダンス部にいないなんて、カナには到底信じられることじゃない。

ダンスを始めたい! ダンスをやってうまくなりたい! アイツに勝ちたいから!

そんな無謀な想いを、まぶしい笑顔で受け止めてくれたケンジ先輩。
「ウチの学校来いよ!」ってあの爽やかな力強い言葉は、私の何かの誤解だったんだろうか……。

そのために、受験勉強も気絶するほどがんばったし、親の反対も押し切って、1時間かけての越境通学も覚悟したんだ。
それもこれも、この学校のダンス部で、ケンジ先輩にダンスを習うために……。

思いつめた表情のカナを見かねた磯崎が続ける。
「あー、なんか事情があるようだけど、これから俺、職員会議があるから、詳しくは今度な。ま、ダンス部も状況が変わってるかもしれないから、見学いってみろよ」
「見学……? できるんですか?」
「いや、俺も新任だから実はダンス部のことはまだ詳しくは知らないんだよねぇ。ちゃんとやってないってことは聞いてるだけで。そうそう、部室行っていろいろ確かめてみればいいんじゃない? 誰かいるかもしれないし。体育館の横に部室の建物あるから」
「あ、あ、はい……」
「じゃあ、明日な。ワリィな、カリタ」磯崎はそう言うと、腕時計を見ながらそそくさと教室から急ぎ足でかけていった。

誰かいるかも、といっても、活動はしてないんだから……。
まぁ、あの先生もイイ加減だし、よくわかってないようだから、明日にでも行ってみようかな、ケンジ先輩のことも何かの間違いかもしれないし。

カナが廊下に出て出口へ向かうと、もう新入生たちの姿はほとんど見えなかった。入学式に同席した母親と一緒に帰ったとか、同じ中学同士で楽しく帰ったとか、新しくできた友達と帰りにお茶しながら、とか……。たぶん、期待たっぷりの高校生活のことなんか、いろいろと話しながら……。
担任の話、ダンス部のこと、ケンジ先輩のこと、なんだか急に心細くなってきた。
肩を落として廊下を歩くカナの視界の30メートルほど先に、頭を下げながら教室から出てくる女子生徒の姿が目に入った。

スラッとした背筋にウェーブの茶髪。
あ、猫娘。……ユーリだ!

教室から出たユーリは、すぐに右手に姿を消した。たぶんあっちは下駄箱のあったホールだ。

(あ……、あ、また行っちゃう!)

急に動悸が激しくなって、なぜかわからないけど、カナは廊下を全力で駆け出していた。
走りながら左側の彼女が出て来た教室のプレートに「生徒指導室」と書かれているのを目の端で確認する。

おっとっと、急ブレーキ! さっと右側を確認すると、下駄箱から靴を取り出そうとしていた彼女が、咄嗟に「ハッ!」と息を飲んで、空手のようなポーズでコチラに身構えた。靴を持っていたけど、腰を据えて両手を構えた姿と鋭い目つきは迫力十分で、今にも跳び蹴りでも飛んできそうな勢いだ。
「ひゃあ!」と鞄で身を隠しながら、カナは急停止の勢いとユーリの気迫溢れる構えにその場で膝からへたり込んでしまう。

都立高校の下駄箱前でしばしの沈黙。両手にローファー靴を持ったまま空手のポーズで威嚇する女子高生と、鞄に隠れながら女子座りでヘタリ込む女子高生。

「あ、なんだ……さっきの」
表情を緩ませて構えを解くユーリ。

「そう。さっきの……カリタカナ」
同じく安堵感で立ち上がるカナ。

下駄箱前の空気が一気に緩和する。
改めて正面からユーリの顔を見ると、切れ長で大きくてちょっと青いっぽい瞳にやっぱり吸い寄せられそうになる。まるでビー玉、いや何かの宝石みたい。サファイアとか……?

「ビックリしたぁ。……えっと、なんか用、ですか?」
ユーリの言葉にハッと我に返るカナ。やっぱ冷たいコ? いや、別に用なんかなかったけど、またどっかにいっちゃう!って走り出していた自分の行動を振り返ってみる。……そうだ!
「あ、いや、さっきのアレ! 髪のこと!」

一瞬不思議そうな顔をしたユーリだが、
「あー、さっき言ったことね。ゴメンゴメン!」と、ウインクをしながら口の前に人差し指をかざす。
意外に笑顔がかわいい。なんかドラマの演技を見てるみたい。口の端をクイっと上げて、いたずらっぽく笑顔を見せるその表情に、カナの不安はフワッと解けた。

靴を足下に落とし、人差し指をカナの前で立てながらユーリが答える。細くて長い人差し指に誘導されているような気分になる。
「ダンスは髪が命なんよ。だって、髪振り回すやん、女のダンサーって。だから、ダンスやんのに髪を切るってオカシイなぁって。思わず言ってしまった。アハハ」
声には芯はあっても自己紹介の時とは違った人懐っこい声色で話している。……あれ、大阪弁?

立てた人差し指をそのままカナに向ける。きちんと手入れされている爪の先が見えた。
「自分、ダンスやってたん? ちゃうやろ?」
やっぱり大阪弁だ。っていうか、話の内容! ダンスは髪が命って……、ワタシ知らないし!
「え、そうなの? 髪……、まずかった?」
カナはまた首筋にひんやりとした違和感を感じる。

「いや〜、まずくはないけど、元々長かったなら、最初はあったほうがええんちゃう?」
いたずらっぽい笑みを浮かべながら、ユーリはウェーブがかった自分の髪の毛をさっと耳にかける仕草をする。ちっちゃくて形の良い耳が現われる。小振りだけど品の良いピアスがキラリと見えた。
髪のことはとりあえずおいといて、私なんかこの子のこと、好きになりそうだ。こんな美人で大人びた子が、こうやって笑顔で、私のことを、私の髪のことを気にして話してくれる。あ、別に怪しい関係とかじゃなくて、高校に入ったらダンスもやるけど、友達は本当に必要な人とだけ、好きな人とだけ付き合いたいって決めてたから。
それが初日から、こんな子と知り合いになれて、ダンスのことも教えてくれるなんて……。
話の内容そっちのけで、そんなことにアタマを持っていかれているカナに、
「ねぇ、自分ダンス部入るんやろ?」と、靴を履きながらユーリが聞く。

この場合の自分とはワタシのことだ。
「あ、うん。でも……」
「行ってみる? 見学!」
思いがけない、でもきっぱりとしたとしたユーリの言い方に、これはすごいチャンスなんだと直感する。
「え? あ……うん、行く!行く!」
自分でもびっくりするような意志的な声色と笑顔で答えてるのわかった。
「うん、行かないとわからないし。どうせ行くつもりだったから、今日のほうがいいし! 部室行ってみよ!一緒に!」

カナの予想外の勢いに一瞬に驚いたユーリだが、親指を立てて外を差す。
「せやな。そこで髪型チェックすればええやん。どんだけショートいるかとか」
「そうだね。髪型も! あと活動も! ケンジ先輩も!」
カナは、おろしたてのローファー靴を下駄箱から取り出し、コンコンとスキップみたいにつま先を蹴って履く。
「なんや、ようわからんけど……。行ってみよか」

体育館脇の部室までの道程をユーリと肩を並べて歩く。なんか友達っぽくて、誇らしい気分。校庭では野球部が「オー!」とか「バチコーイ!」とか叫んでる。円陣を組んで中心で顧問の先生が話している様子も見える。隣のテニス場ではスコートを履いた女子部員がパコパコとボールの音を響かせながら、「ファイオー!」みたいな声を出し合っている。
ユーリの横顔をチラリと見ると、午後の暖かい日差しが彼女の形の良いオデコのシルエットを輝かせていた。光のせいで瞳の色はさっきよりも青く、髪の毛も金髪に見える。

その視線に気づいたユーリが口を開いた。
「あんなぁ、この髪とか目とか、元々やねん」
え、エスパー!? まるで心を見透かされたようで、カナはドキっとした。
「で、さっき呼ばれてた。髪染めるとかカラコンとか、ウチは禁止ですよ、やって」
「え、元々なの?」
「そう。生まれつき。……うち、ハーフやねん。だから……、いろんなところで面倒くさい」
だから、生徒指導室だったんだ。初日から目をつけられてたんだ。
「しかも、大阪弁やろ。バリバリの。この学校で目立つやろうから、もうすでにめんどくさ。ハハハ」
細くて広い肩をすくめて苦笑いをするユーリ。
「確かに。目立つ……よね」
カナはさっきの自己紹介で、教壇に立つだけでクラスの雰囲気を変えたユーリの不思議なオーラを思い返す。

「でもなぁ、一緒やと思うねん。野球部のコらと」
カナはさっき校庭で見かけた、真っ黒に日焼けした野球部員の姿を思い浮かべた。全員で円陣を組んで変なカタのついた帽子を取ったら、ジョリジョリした坊主頭がいくつも現われていた。

「一緒?……かな?」
「そうやん。あのコらも髪型、普通ちゃうし、日焼けも異常やん。学校でも充分、目立ってるやん。しかも生まれつきちゃうし、毎日一生懸命で、好きでアレの姿なワケやろ。もはやスタイルやん。でもオトガメなし」

「オトガメって……?」
ユーリは不思議そうな顔をした。
「え、オトガメ、自分知らんの? あぁ、亀とちゃうで! ウミガメとかの」
「あ、あ、あぁ〜!」
いやいや、知ってるよ、そのぐらい。ユーリの発音のアクセントが「オ」にあったから、一瞬わからなかった。あれはオトヒメとかの発音でしょ。確かに海亀が涙を流して卵を産んでいる姿も浮かべちゃったけど。

「知らんやん。自分、アホやろ! アハハ!」ケラケラと屈託無く笑い出すユーリ。
「アホじゃないよ〜。ちゃんと勉強して入ったし!」ムキになって言い返すカナ。
「ウソウソ。マジメか」と、いたずらっぽく笑って、ひとつ伸びをし、
「ウチも勉強したよ。フフフ」と、気持ち良さそうに鼻歌を口ずさむユーリ。

♪フッフ・フッフ・フッフフ〜、フフフフフ〜ン
どうやらメロディは『もしもし亀よ』のようだ。たぶん無意識。日差しが彼女の微笑んだ横顔を照らす。光が透けそうな白い肌。白いというか、色素が薄くて、ちょっとピンクがかっている。やっぱり私たちとは違う。どこのハーフなんだろう? フランスとかかな? さっきの発音も外人っぽいと言えばそうだし、野球部と一緒って話もよく意味がわからないたとえだった。そういえば、ダンス……、やってたコなのかな?
♪フフフフ〜ン
気分良さそうに鼻歌を歌う横顔を見つめる。
でも、これから彼女といろんなことを話す時間はたくさんある、はず。もう友達だし、たぶん。それに今は、いろいろと聞き返すよりも、ユーリの楽しくて不思議で力強いノリに飲み込まれているのがカナには心地よいのだ。

校庭から春の生暖かい風が2人の顔をなでた。
「気持ちええねぇ」
「うん」
大阪弁、ちょっと苦手だったけど、風に乗る彼女の声は柔らかく言葉を奏でている。

右手には校舎が続き、その先に体育館が見える。都立第三高校は、今年で創立四十数年とかで、校舎はかなり年期が入っているけど、数年前に改築や耐震補強や修繕が入っていて、年数ほどは古さを感じさせない。
左手の校舎が切れたあの角を左に曲がった所に、磯崎が教えてくれた部室棟があるはずだ。

「あ、たぶん、あそこ曲がったとこ」カナが指差すと、
「いってみよ!」とユーリが元気よく駆け出す。
うわっ、なんか積極的。こんなコなんだ。

先に角を曲がったユーリが建物を見上げて、眉間にしわを寄せつぶやいた。
「あちゃ〜〜〜。キツいなぁ」

「え?」と、追いついたカナが角から左手を見あげると、
“ドヨ〜ン……”
なんて音でもしそうな薄暗くて不気味な2階建ての建物が見えた。
黒ずんでひび割れたコンクリートの壁に無造作に絡んだツタと無数の落書き。
こちらはどこから見ても疑いようのない四十年モノ、いや手入れの悪さからそれ以上はイッているような「放っとかれ感」が漂う部室棟だった。

「いや〜、キテるねぇ」と、慎重な足取りで建物に近づくユーリ。
「や、やめる?」
建物の側面に描かれた無法地帯の落書きにビビるカナ。読み方のわからない画数の多い漢字や、スプレーで幾重にも描かれた妙な形のマーク、「○×参上!」「殺す!」とかワタシ、もう知らないし……。なんか絵に描いたような腐敗したカンジで、もうさっきのテンションもガタ落ちだ。

「やめへんよ」と、ユーリは意を決した様子で、大股で建物に向かい、ボロボロの外階段をコンコンと二段抜かしで駆け上がっていってしまった。

いきなり姿を消したユーリ。取り残されたカナのいる場所から2階の様子は見えない。
すると突然「ギャハハハハハ!」と、1階の部屋から男子の品のない笑い声が響き、それにビクッとする。その部屋のガラス扉には「サッカー部」と、青いビニールテープを不格好につなぎ合わせて書かれていた。薄暗い室内には数人の男子がしゃべっているのがわかる。
「ってか、知らねーし!」
「バカじゃん、それ!」
品のない男子高校生っぽいしゃべりが丸聞こえ。え、このサッカー部の人たち、部活の時間なのに何やってるんだろ?

恐る恐る建物の正面にまわる。地面は土ぼこりにまみれた空きのペットボトルやお菓子の袋などがいくつも散乱している。なんか、学校の中でココだけ荒んでいる感じ?
「オーイ、やっぱこっちやで」
よく通る声がする2階を見上げると、ユーリが口の端をクイっと上げながら、2階一番奥の扉の前で親指を立てている。

「誰もおらへんみたいやけど、来る?」
「あー、行く行く」
ユーリが確認してくれたからひと安心してたけど、なるべくビビってるのを悟られないように落ち着いたトーンで答える。そして散乱しているゴミを踏まないようにソロソロと階段の下に戻った。
黒い外階段はところどころがサビていて、塗装がはげていたり、端っこに小さな穴があいていたりする。カナは、ビフォーアフターとかのテレビ番組の老朽化した建物を思い出して、外階段が建物に取り付けられた接続部分を慎重に確認しながら登る。

「めっちゃビビってるやん」
笑みを浮かべるユーリの顔が見えた。
「そんなこと……、ないよ」
ユーリの強気と笑顔が心強い。

ユーリの横にたどりついて扉の前に立つ。
「な、ダンス部」
10センチぐらいに切ったガムテープに「ダンス部」とマジックで書かれ、ドアノブの上に斜めに貼られている。まるで引っ越しの段ボールに書かれているような雑さだ。女子の部活だからか、扉のガラス部分には黒い幕が張られていて、端のわずかな隙間から部室の様子がうかがえた。
扉に顔を付けてのぞいてみると、室内は電気もついてなくて、中央の長机に脱ぎっぱなしのジャージが置かれていて、奥の棚には埃を被ったレコードプレイヤーみたいなのが、一つの機械を挟んで2台並んでいた。その上には外人の女性のどアップの古びたポスター。息を止めて食い入るように部室を覗くカナ。
「めっちゃ、見てるやん」
ユーリのおどけた声には応じず、カナは真剣に探していたのだ。ダンス部が活動していて、ケンジ先輩がここにいる痕跡を。

「やばいやん、なぁ……」
「う、うん。やってなさそう」
部屋の錯乱具合いや埃の被り方からすると、たまたま散らかっている様子には見えない。確かに、もうしばらくの間、人が使っていない、世間から放置されている部室なのだ。

すると“カチャ”と鍵を開けるような金属音が聴こえた。咄嗟にドアから身を離し、身をすくめるカナ。

「あれ、開いてるやん」
「え?」
下を見るとユーリが口を開けてドアノブを触っている。

「いや、試しに触ってみたら、まわるよコレ。開いてるで」
ユーリの大きな青い瞳がさらに開き、カナを覗き込む。また不思議な力に吸い寄せられそうになる。
「入って、みる?」

「いや〜、ダメダメダメ!ダメだよ! そんなんしたら! まだ入部もしてないし!」
顔の前で両手をブンブン振ってユーリを制しようとすると、
「大丈夫だよ! どうせ誰もおらへんから……」
と、勢い良くドアノブを回し、扉を開けようとするユーリ。
「ん?あれ? アカン、重い。なんかドアに乗っかってるわ……。向こう側に何か乗っかってんで」
「やばいやばい!やばいよ!」
「いや、開けんとワカらんし!」
カナの言うことはまるで聞かずに、爛々と目を輝かせたユーリが“ギ〜〜〜”とドアをゆっくり手前に開いていくと——–。

“ドスン!”
と、重たい大きな音を立てて、2人の足下に黒い物体がゴロンとゆっくり転がってきた。

視界に飛び込んできたその物体を無言で凝視する2人。

それは間違いなく人間だった。黒いパーカに身を包み、体を抱きかかえるように腕を組み、フードと長い髪の毛で顔を覆われた生身の人間が、無人と思われた部室から転がり出てきたのだった——-。

〜つづく〜

>SCENE 1:ハルク少年
>SCENE 2:キツネ男とネコ娘
>SCENE 3:COMMON先生



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