妥協せずに踊り進んでいく【菅原小春】がブルーノート東京ソロ公演で見せた「問いかけ」

2022.09.14 DANCE

菅原小春は、問いかける。

 

貴方は私のように踊っているだろうか。
こんな動きで、こんな形で、こんな眼で、こんな気持ちで——。

 

幼少の頃からダンスコンテストで有名になった彼女は、当時から圧倒的に他と違っていた。
ステージ上から審査員を睨みつけ、観客を挑発し、120%の本気をブツけ、その場の空気をさらっていった。

そして、その存在は見る者に強く問いかける。

貴方は私のように踊っているだろうか。

貴方は私のように生きているだろうか——。

 

今年で30歳を迎えた菅原小春は、6年ぶりのソロ公演『SUGAR WATER』をジャズの殿堂ブルーノート東京にて、9月初めの2日間公演で開催した。
実姉を含む生バンドとダンサー、俳優をキャスティングし、童話的なストーリーと偶発的なライブ展開で繰り広げられる独自のパフォーマンスは、今の彼女の等身大を映し出す、ハッピーでファニーで、愛に溢れたものだった。
そこには、怒りや焦燥感をエネルギー源に、まるで戦うように踊っていた、かつての彼女の姿はない——。

 

菅原小春は、戦う。

 

「私、小さい頃から“自由探し”をしていたんです。千葉の海の街で生まれて、気づいたら自然に踊っていて、自然に創作をして、ダンスの中で自由さを感じていたんだと思います。それを披露して認めてもらえる場所が、当時はコンテストしかなかった。だから出ていたんですけど、小中高と続けてそのうちにコンテストの勝ち方がわかってきて、“あれ、私何のために踊ってるんだろう?”って、不自由さを感じるようになってきた。そして、海外に行って新しい自由を見つけた。言葉が通じなくても、踊りで繋がれる。踊りで会話ができるっていう自由さを、そこで見つけたんです」

高校卒業後には単身アメリカへ。
一人で、本気で、捨て身で、自分を晒し、飛び込ませる。
彼女のダンスは徐々に話題を呼び、SNSで拡散しながら、瞬く間にヨーロッパなど世界各地へ広がっていった。ワークショップやイベント出演のラブコールを次々に受け、世界を飛び回る日々。アーティストのバックアップやコレオグラフ、CM・MV出演、ハイブランドのモデルや女優業などを通じて、「KOHARU SUGAWARA」の名は国内外の一般層までに拡散していく。

菅原小春のダンスはすごい/ダンサーの可能性を広げた/ダンスを超えた表現だ/彼女はアーティストだ/新時代を象徴する強くてカッコいい女性像だ……etc.

「ヨーロッパやアメリカを行き当たりばったりで7年ぐらいグルグル回って、月に5回ぐらい海外の往復みたいなことをやっていたら……、だんだん心も体もキツくなってきた。有名になりたくて、必死で前に進んできて、実際に有名になれて、何だか芸能人みたいな見られ方になって、知らない人からいろんなことを言われるようになって……、有名にはなったけど逆に孤独感が深まって、だんだんと疲れてきた。好きで踊ってきたダンスがお金に変換されたり、私の人を見る目が変わってきたり、そういうことに自分が“自然に”おかしくなってきたんです」

 

菅原小春は、捨てる。

 

20代前半を駆け抜け、さまざまなアーティストとの共演をこなす中、『パプリカ』での共演することになるコンテンポラリーダンサー辻本知彦との出会いがあった。25歳、その出会いが彼女を一気に楽にさせ、解放させた。

「初めて会った時に“お前、ダンス下手だな”って言われて、“面白いな、この人”って思ったんです。私も自分のダンスや、求められるイメージに飽きてきた頃だったから、辻本さんの現場に2年ぐらいついてまわって、あの人のノールールぶりを吸収した。そして、捨てれたんです。下手と言ってくれることで、それまでの自分のダンスを捨てれた。良いきっかけでした」

捨てることとは手放すこと。
執着、自我、自尊心、柵(しがらみ)、過去、そして自分自身をも。
手放すことによって解放され、無の境地に近づき、スペースが生まれ、新しい自分が入ってくる。

「最近考えるのが、自分を無くすということは、自分が在るということなんだなって…。自分を持っているということは自分が無いということ。表現をやっている人って、裸になって、自分を捨てて、やがて自分が在るのか無いのかわからない状態になる。在るんだけど無い——そこは一生模索していくところなんだと思います」

在るようで無い。自分無くしが自分探し。まるでZENの境地の如く。
菅原小春の自己探求への旅はコロナを経て、次のステップを踏んでいく——。

 

菅原小春は、繋がる。

 

「3年前、高知のよさこい祭りに参加する機会があって……、衝撃だったんです。パレードに参加させてもらって、3日間踊り続ける。普段はお豆腐屋さんや学校の先生をやっている人たちが、上手いとか下手とか、ダンサーだとかダンサーじゃないとか、カッコいいとか恥ずかしいとか、そういうことに全く関係なく踊り続ける。何百人が3日間踊り狂う。その姿をパレードの真ん中から見た時に、私なぜだか涙が出てしまったんです」

ダンスの起源、日本の踊りや祭りの意味とは「繋がり」だ。
人々が歌や踊りで繋がる。1つになる。愛と感謝の感情が自然に湧き上がる。新しい世界と、精神的な世界と、上の世界と、大きな導きと、神と、繋がる。

「よさこいは鳴子を持っていれば、何を踊ってもいい。普段ダンスを練習してない人のダンスって本当に尊いと思うんです。基礎とか鏡の前でとか、コンテストとかスタイルとか、いろんな概念から解き放たれた、本来のダンスの在り方を教えてくれる。3日間踊り切るためにエネルギーを回し続けて、限界を超えたところにある精神との出会いがある。体力でも技術でもない何かで踊ること。最終的にみんなが愛と魂だけになってしまうような……そんな空間がよさこいにはありました」

それを機に菅原は高知県への移住を決意する。そして幼い頃に地元の九十九里で触れ合ってきた自然と再会した。
海、山、川、神社、そしてお祭り。よさこいにも参加し続けた。

「川とか山、知らなかった自然に触れ合えて、住む場所によって自分が変化できるのが好きなんです。ずっと海外を回ってきたけど、日本にはまだ知らない場所や自然、知らない踊りやお祭りがある。人々が踊ってきた場所はまだまだたくさんある。そういうことを子供たちに伝えるためには、自分が行動して、体験して、繋がって、感じることが何より大事なんです。まだまだ私にも経験が足りてない。もっといろんな場所やお祭りで踊りたいですね」

コロナ禍で高知に移住して3年、すでに次の移住先を探しているところだという。
さまざまな経験や偶然が、まるでパズルの答え合わせのように目の前に差し出され、やがて彼女を行くべき場所へと導いていくのだろう。

「転々としているのが性に合っているみたいです。海外でもそうしていたから。ベースは千葉の実家にあって、仕事は東京。そして今、新しい場所と出会いを求めているところです。答えなんて見つからないものだから、一生探し続けるのでしょう。その旅の途中にお祭りがあった。そこで得た経験や心があるのとないのでは、今回のようなソロ公演のステージに立つ意味が変わってくると思うんです。伝えられるエネルギーの量が違う。言葉じゃないところで出るものが違う。だから、もっともっと旅を続けていきたい」

 

菅原小春は、晒す。

「千と千尋の神隠しの舞台を半年やって、素晴らしいスタッフに恵まれて、やっぱり私は踊り続けてなきゃおかしくなっちゃうんだ、って再確認したんです。踊ってなきゃダメ、というより“ただ踊る”っていう状態が必要。舞台が終わってすぐにブルーノートに電話して“やりたいんです”とお願いしました」

6年前のソロ公演「SUGAR WATER」は、寺田倉庫という無機質な場所を色付けするような手法で、菅原とミュージシャンたちの即興的な戦いが繰り広げられた。今回の公演は、ブルーノートという、色も格式も形(カタ)も確立された場所だ。

「だからやりたかったんです。形があるという意味では、海も山もジャズクラブも一緒。決まった形に自分がどうハマっていくかに興味があった。ブルーノートは格式や歴史があって、素敵で神聖な場所です。そして、東京はカッコ良くて、クレイジーで、そしてサイテーな場所。そこでまず、最高級なものを作って始めることに意味があったんです」

 

2022年9月2日、ブルーノート東京としてはレアなダンサー名義の公演。
生演奏は、菅原お気に入りのチーナの5人、実姉であるシンガーソングライターのタテジマヨーコ、ストーリーテラーに俳優の黒田大輔、ダンサーには盟友とも言える女性3人、ゲストにはよさこいの國友裕一郎、そして恩師の辻本知彦。
これまでの彼女を支え、まさにファミリーとも言える仲間たちが集結した。

「今回の公演で、人を演出することって楽しいなって思ったんです。以前は自分しか見ていなかった。でも今は視野が広がって、自分がいてみんながいる、みんながいて自分がいるっていう感覚。1人じゃ何もできない。そういう関係性が楽しいなって思っています。……もしかしたら、愛が深まっているんでしょうかね(笑)」

“SUGAR WATER” @ Blue Note Tokyo
〜夏のおわりにぴったり爆走うさぎエンターテイメント〜
STORY 海のように広大なマフス川のほとり、すこし変わり者の黒いうさぎザーレが他の生き物と同様にお父さんうさぎ、お母さんうさぎ、お姉さんうさぎと自然の中で暮らしている。ザーレは一人ダンスに熱中するほど踊り好きの黒うさぎ。自分は踊りの天才と信じている。踊ることしかできないザーレに困りはてたお母さんうさぎと共に夢を探す旅にでるが・・・

ザーレを演じるのは菅原小春。ステージに立つだけでやはり圧倒的な存在感だ。生音にも負けてない。
そして何をし出すかわからない。いつ踊り出すのか、どんな踊りなのか、あるいは踊らないのかも……。
音楽、演技、ナレーション、ダンスが即興的に絡み合い、ステージは冒頭から全く予想のできない展開で進んでいく。

そのムードはハッピーでファニー、チャーミングでチャイルディッシュ。まさに今の菅原を表す世界観で、かつての公演でもがき苦しんでいた姿はもうそこにない。
気まぐれで、偶発的で、即興的で、まるで子供の悪戯のような掛け合いがブルーノートのステージで繰り広げられる。
まるっきり形(カタ)にハマらないこのステージがエンターテイメントなのかどうかは、お客さんの満面の笑みが証明しているだろう。この夜のブルーノートは、夏祭りの櫓に上がった彼女の無邪気な“お祭り騒ぎ”を、微笑ましく楽しんでいる様にも見える。

菅原小春のブルーノート公演は、いい意味で“ちゃんとしてない”
——が、果たしてちゃんとする必要があるのだろうか。
「“ちゃんとする”って何? その概念にみんな疲れているんじゃないの?」
まるでそう問いかけるように、ステージ上のお祭りの演目は次々に表情を変えて進み、突如クライマックスが訪れた。

タテジマヨーコの情熱的な弾き語りが始まると、菅原はステージ中央で忽然と立ちすくむ。
薄暗い照明の中、アンダーウェア姿で、中途半端な立ち姿で。
惚けるわけでもなく、憤るわけでもなく、ただ立ちすくみ、己の肉体を晒す。

晒す。
彼女の生命エネルギーを、晒す。

「私が私で、とにかく全力で前に進んでいくことで、絶対に良い世の中になる。それだけの気持ちで前に進んでいくこと。妥協せずに“踊り進んでいく”ことなんだと思います」

どのぐらい時間が経っただろう。
インタビューでの彼女の最後の言葉がぼんやりと浮かんできた。

この時間、彼女が表現したいものは一体何だったのだろう?
そして観客が感じ、持ち帰ったものは——。

 

「芸術表現とは問いかけだ」という言葉がある。
明確な答えはなく、それに触れたものが何かを感じることに意味がある。
真の芸術は、額縁に収まるものではなく、はみ出していく生命エネルギーの塊であり、触れた者の感性を震わせる、問いかけだ。

そして菅原小春は、問いかける——。

 

インタビュー&テキスト:石原ヒサヨシ(ダンスク!)

撮影:佐藤 拓央
衣装協力:GUCCI



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