【インタビュー前編】ブレイキンを五輪へ!日本BBOY界のリーダー【KATSU ONE】

2024.02.06 INTERVIEW

体育教師への道を断念、ブレイキンの世界へ

 

2024年夏パリ、ブレイクダンス=ブレイキンがいよいよオリンピック競技となる。

現在も出場をかけた戦いが世界各地で行なわれているが、すでに五輪行きの切符を手にしたShigekix(半井重幸)はじめとする日本人選手のメダルへの期待も大きい。

しかし、ここまでブレイキンが競技化するまでには、さまざまな紆余曲折や軋轢があったという。
その実現へ向けて国内外を奔走し、全力で出場選手をサポートするのが、BBOY KATSU ONEこと石川勝之だ。

「ダンスは中学ぐらいから興味があったんですけど、高校生までバレーボール部に所属し、その後体育教師になるために体育大学に進学しました。でも、その頃にいよいよブレイキンに夢中になって、いろんな練習場やバトル、世界中の国々をまわって、たくさんの仲間を作って、そのカルチャーの素晴らしさにハマったんです!」

大学在学中には教育実習として出向いた学校で、せがまれるままブレイキンを生徒に教えたところ、職員室でたしなめられる出来事があったという。
時代は20年ほど前、若きKATSU ONEは「教育現場を変える限界を感じた」と、ブレイキンの道へ一直線で進む覚悟を決めた。

高い身体能力とバイタリティ、音楽性を武器に、国内のスタイル系BBOYを代表するプレイヤーへと成長。
数々のチームで世界大会の優勝を重ね、練習場所である川崎・溝の口のBBOYたちをまとめる兄貴分として、世界へ羽ばたく若手BBOYたちのサポート役としても活躍する。

「ブレイキンの魅力をもっといろんな人に知ってほしいと思って、地元・川崎の商店街や役所などを回りました。最初は門前払いみたいな感じだったけど、僕らの頑張りを理解していただける方に出会う幸運もあったんですね」

その後、ブレイキン世界大会として人気の「Redbull BC ONE JAPAN」を川崎に誘致、日本人チーム「The Floorriorz」が世界大会で3連覇したことも追い風になり、2018年には「WDSF 世界ユースブレイキン最終予選」を川崎で開催する。「川崎でブレイキンの世界大会を」という自身の夢を叶えたのだ。
その頃徐々に、ブレイキンがオリンピックで競技化されるという噂がKATSU ONEの耳に届き始める——。

 

 

ブレイキンが持っていかれる?!

 

「最初その噂を僕が知ったのはSNSでした。正直“フザけんなよ〜!”という気持ちでしたね。どこの誰がどんな形でやることなのか、今まで俺たちが頑張って支えてきたものが無視されて、誰かに持っていかれる!という不安と恐怖が先にありましたね」

日本国内で「競技としての」ブレイキンを推進したのは、それまで社交ダンスを主としてきたダンス連盟だった。そこからの連絡を受けて、KATSU ONEは「カルチャーとして」の誇りと想いを胸に先方へ出向く。

「でも思ったよりも話を聞いてくれて、“あれ、思ってたのと違うなぁ”というのが第一印象でした。彼ら自身も、サルサとか元々カルチャーだったダンスが競技化されていった経験を持っていた。今回のブレイキンの件も同じなんです。そういうところで気持ちが通じ合えたんだと思います」

それから幾度の会合を重ね、お互いの関係性の構築や、「ダンス・スポーツ」競技としてのブレイキンのあり方やルール作り、競技会の運営やスケジューリング、そして選手へのサポート体制などなどをじっくりと詰めていく。
国内のブレイキン関係者の中で疑問や不満の声が上がると、直接出向いて話し合いをするなどの労苦をKATSU ONEは厭わなかった。

「そういう軋轢は日本だけじゃなく外国のほうがもっとあったらしいです。だから、日本がいち早く連盟とシーンの関係構築をうまくできていることをお手本にする国もいたんです。“なんでそんなうまくいってるの”ってメールが来たり。例えば、競技会の控え室では、日本はスタッフが一丸となった選手をサポートする“基地”みたいな場所を作る体制が早くからあった。最初はその光景に驚いていた海外のチームも、すぐに真似するようになりましたからね」

 

たかがブレイキン、されどブレイキン

 

組織が安定すればサポート体制も一枚岩となる。その上で選手たちが安心してパフォーマンスに打ち込めるのが理想の状況だ。
メダル候補を擁する日本は、組織づくりにおいても世界をリードしていた。そしてその立役者がKATSU ONE。「日本ダンススポーツ連盟ブレイクダンス本部本部長・石川勝之」の肩書きも加えられ、ブレイクダンスが新しい世界を切り開いていく最前線の開拓者となっていく。

「オリンピック競技として、ダンス・スポーツとしてのブレイキンを作るには、逆にカルチャーにどっぷり浸かっていて、かつオープンマインドな人間じゃないとダメだったと思います。シゲキ(Shigekix)とかは本当にメンタルが強い人間ですけど、ものすごいプレッシャーを感じているはず。そこであえて、選手たちとは“そもそもブレイキンってなんだ? ヒップホップってなんだ?”ってことを話し合うんです。それを忘れてしまうと、精神的にツブれちゃうこともある。だから“たかがブレイキン、されどブレイキン”なんです。競技としてのプレッシャーにつぶされないよう、そもそもの魅力を確かめ合うことが必要な場面も出てくる。だからこそ、カルチャーを知っている人間が関わっていないと……」

>>後編へ続く

インタビュー&テキスト:石原ヒサヨシ(ダンスク!)

 

KATSU ONE(石川勝之)*プロフィール
大学時代にブレイキンを本格的に始め、以降世界中を飛び回るB-BOY。MIGHTY ZULU KINGS、ALL AREAなどのチームで活躍し、ゲストジャッジとして主要世界大会での信頼も厚い。2010年にはオーストラリアへ移住、2013年にアーティストビザとしての永住権を獲得し帰国する。
公益社団法人日本ダンススポール連盟ブレイクダンス本部 本部長/一般社団法人アーバンスポーツ大会組織委員会 理事/INTERNATIONAL STREET FESTIVAL KAWASAKI 実行委員会 大会実行委員長/かわさき産業親善大使/体育教員免許取得
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